ヴィトゥレ梅田

 

@未成年の契約には、母親とかオバとか姉といった女性の保護者が同行してください。
ヴィトゥレは女性専用サロンですから、男は入れません。
そうとも知らずに親子3人でサロンに出向き、私だけ外で待たされましたからね、アホみたいに(涙)

 

Aウチの娘は、サロンに36回かよう全身脱毛のコースでした。たまたま、キャンペーンをやっていたのです(-^〇^-)

2か月に2回サロンに行きますから、1年に12回の脱毛ですよね。全部で36回だから、大学3年までかよう予定です。

 

B上半身と下半身にわけて脱毛をしてもらいます。
たとえば、2月1日に上半身を、2月3日に下半身を脱毛してもらうと、次は4月1日に上半身、4月3日に下半身、さらに6月1日に上半身、6月3日に下半身というパターンをくりかえしていくのです。

 

C脱毛は1回につき1時間〜1時間30分くらいです。
脱毛まえ、手のとどくところは剃っていってください。毛剃りまではしてもらえませんので。

 

 

ヴィトゥレ料金

支払いは、一括払いと分割払いがあります。

 

@ウチの娘のキャンペーンコースは、3年間36回脱毛で、49万5720円(税込)でした。

 

ウチは店頭で一括払いしました。振込みもできるみたいですよ。

 

A分割払いもできるみたいでした。

 

分割の場合は、@の料金49万5720円(税込)と分割手数料4万9572円をあわせて、54万5292円(税込)が必要となります。

 

だいたい20回払いをえらぶ人が多いみたいですね。

 

20回払いだと、1回目の支払いが2万8492円(税込)、2回目以降が2万7200円(税込)となります。

 

ヴィトゥレ梅田店への道案内

ヴィトゥレ梅田店

 

 

大阪市北区梅田1ー2ー2大阪駅前第2ビルB1Fにあります。

 

JR東西線の北新地駅の東改札をでて、正面の「大阪駅前第2ビル」の通用口をはいります(写真)。

 

前方のエスカレーター(写真)には目もくれずに、

 

左手の階段(写真、ニチデンの看板が目印)でB1Fへあがってください。

 

右手に、喫茶店ルビアンの看板(写真)をみながら右へまがって、

 

まっすぐすすむと、左手にゲームセンターZERO(写真)、

 

さらに左手に居酒屋まきし亭(写真)があります。

 

このまきし亭の角を左へまがり(写真)、10メートルすすんだ右手が『ヴィトゥレ梅田店』(写真)となります。
 

 

≫ヴィトゥレ梅田店  くわしくはコチラ

 

大阪人気ナンバーワン?

 

「大阪でいちばん好きな脱毛サロンは?」と質問して、大阪の女性たちがみんな「大阪駅前第二ビルにある梅田のヴィトゥレ!」と答えるかどうかは分かったもんじゃないけれど。

 

「大阪でいちばん好きな橋は?」と質問したら、大体の人々が「土佐堀川にかかる淀屋橋!」と答えるであろうことは想像に難くないですよね。まあ、たぶんやけど。。。

 

っていうぐらい地元大阪の人々は、中之島のビジネス街にかかる御堂筋の伝統ある橋に魅力を感じてるわけであります。

 

それと同じぐらい、大阪駅前第二ビルにあるヴィトゥレ梅田店にも魅力を感じてると言ったら、若干過言であるような気はしますが‥‥。

 

なんせ、淀屋橋といったら、通過する車の数が一日に6万台、橋を渡る人間の数が7万人ってレベルの本気の橋ですからね!人気だけでなく、その働きぶりも特筆に値するものであります。

 

だから、今現在のヴィトゥレ梅田店の脱毛業界での活躍度を鑑みれば、大阪で橋と言えば淀屋橋、脱毛サロンと言えばヴィトゥレ梅田店、とはまだまだ言えないレベルではないかと思われます‥‥。

 

ところで、この淀屋橋の誕生については、いちばん有力な説が淀屋って米の商売人が建設したって説ですよね。ヴィトゥレ梅田店は、心斎橋の店の後にできたまだまだ若い店舗ですが。

 

まあ、有名すぎるほど有名な説でありながら、決定的な証拠となる文献はないみたいだから、淀屋橋を淀屋が架けたって説を100%鵜呑みにしていいものではないかもしれませんけど、ヴィトゥレ梅田店が大阪駅前第二ビルにある説は確かな情報なので、100%鵜のみにしてくださってけっこうだと思いますよ!

 

とりあえずこの淀屋橋を架橋した淀屋って米の商売人は、類まれなる米の商売センスを発揮して、まさに豪商と呼ぶにふさわしい巨万の富を得て、この大阪の地でわが世の春を謳歌していたようです。

 

とにかく、この淀屋が営んでいた米市場というのが、大阪駅前第二ビルにあるヴィトゥレ梅田店なんか比べ物にならないぐらいの盛況ぶりで、とにかくものすごい利益が淀屋にあったものだから、その淀屋がかまえる米市場と邸宅たるや、キチガイレベルの大きさだったとか。まあ、いずれヴィトゥレ梅田店だって、どえらい大もうけをする脱毛サロンだと思いますが。

 

淀屋がこのキチガイレベルの商売をしていたため、当たり前ながらこの淀屋橋の地には、アホみたいにたくさんの人間が米をめぐって連日のように押し寄せていたそうです。少なくとも、今のヴィトゥレ梅田店よりは集客能力があったのは間違いありませんが、そのうちヴィトゥレ梅田店だって、千客万来の脱毛サロンに成長するはずですよ!

 

この淀屋の米市場には、南(難波、心斎橋)側からだけではなく北(ヴィトゥレ梅田店)側からも米を目当てにする人間たちが押し寄せていたのですが、北側から来る人間は、淀屋の米市場にたどり着くために、どうしても土佐堀川をいちいち船で渡る必要があったわけです。めんどくさいことこの上ない話ですよね!その点、ヴィトゥレ梅田店は、JR東西線の北新地駅と地下2階でつながっていますから、便利ですけどね( ^o^)b

 

この、不便にも土佐堀川を船で渡らざるをえない北側からの来客のために、淀屋はポケットマネーで淀屋橋を土佐堀川に架けたと言われてるわけです。その淀屋橋を渡ってヴィトゥレ梅田店に通える人もいるはずですから、感謝ですよね!

 

しかし、あれだけのレベルの淀屋橋を架けるのをまったく屁のツッパリにもしなかったらしいですから、当時の淀屋の繁栄ぶりってどれだけのものだったか、想像を絶するものがありますよね。とりあえず、今のヴィトゥレ梅田店の経営状態は、まだまだ繁栄と呼ぶには程遠いのかもしれませんが、いずれは梅田ナンバーワンの脱毛サロンとなって超ど級の繁栄を誇る日がくることでしょう。知らんけど(;^ω^)

 

ちなみに、こののち淀屋は、5代目当主淀屋辰五郎のときに、江戸幕府から全財産を取り上げられて大阪を追い出されるという憂き目にあったのです。

 

どうも、5代目当主淀屋辰五郎が、目に余る豪遊をしていたのが江戸幕府からのお咎め理由だったようで。ナンボでも入ってくるお金に頭がおかしくなって、調子にのりすぎたバチがあたった、みたいなイメージですかね。

 

なんせ、米市場だけに飽き足らず、淀屋はその資金力を元手に、諸大名を相手とする金貸し業もやっていたようで。

 

つまり、士農工商という身分が逆転するわけですよね。

 

淀屋は商、諸大名は士なのに、淀屋が金を貸すことによって諸大名にとっての支配階層のような立場になり、結果として両者の間では、身分制が商士農工みたいな感じになってたはずですから。

 

これを、江戸幕府が問題視した、というのも淀屋おとり潰しの一因だと言われているのです。まあ、政治の秩序が保てなくなりますからね、商士農工みたいな感じになっているようでは。江戸幕府としては困る話だったのでしょうね。。。

 

まあ、ヴィトゥレ梅田店は、どれだけ儲かってもきっと謙虚に脱毛商売を続けてくれるだろうと思うので、淀屋のような懲罰を受けるようなことはないと思います。安心して、ヴィトゥレ梅田店と脱毛契約をするといいですよ!